老後資金は、65歳まで全力で頑張り続けるゲームなのか
老後資金の話になると、結論はだいたい同じ方向に寄ります。
もっと貯めよう。もっと投資しよう。NISAを埋めよう。支出を下げよう。65歳まで働こう。
もちろん、資産形成は重要です。生活防衛資金がない状態は危険ですし、老後資金をまったく考えないのも危険です。
ただ、ある程度の種銭を作れた人まで、65歳までずっと収入最大化・積立最大化を続ける必要があるのでしょうか。
35歳で1,000万円を作れているなら、老後資金の難易度はかなり下がります。そこから先は、資産形成だけでなく、人生経験にお金と時間を戻す判断も合理的になります。
前提:35歳で1,000万円、65歳まで30年
この記事では、次の前提でシミュレーションします。
項目 | 前提 |
|---|---|
現在年齢 | 35歳 |
現在資産 | 1,000万円 |
運用期間 | 65歳まで30年 |
運用利回り | 年3%・年5% |
追加積立 | 月0円、2万円、3万円、5万円、10万円 |
税金・手数料 | 単純化のため考慮しない |
年3%はやや控えめ、年5%は長期の株式分散投資を想定した標準寄りの前提です。
実際の運用は毎年この通りにはなりません。大きく下がる年もありますし、税金や手数料もあります。ここでは、老後資金のざっくりした難易度を見るための概算として扱います。
追加積立なしでも、複利だけでかなり増える
まず、35歳時点の1,000万円を追加積立なしで65歳まで置いた場合です。
運用利回り | 65歳時点の資産 |
|---|---|
年3% | 約2,427万円 |
年5% | 約4,322万円 |
追加で1円も積み立てなくても、年3%なら約2,400万円、年5%なら約4,300万円です。
この時点で分かるのは、35歳で1,000万円を作れている人は、すでに老後資金づくりのかなり大きな部分を終えているということです。
もちろん、これだけで全員が安心とは言えません。賃貸か持ち家か、単身か夫婦か、厚生年金の有無、支出、医療・介護、家族支援で必要額は変わります。
それでも、ゼロから老後資金を作る人とは難易度がまったく違います。
月2万円・3万円でも、65歳時点では大きな差になる
次に、35歳から65歳まで毎月積み立てた場合を見ます。
毎月の積立額 | 年3%運用 | 年5%運用 |
|---|---|---|
0円 | 約2,427万円 | 約4,322万円 |
2万円 | 約3,593万円 | 約5,986万円 |
3万円 | 約4,175万円 | 約6,819万円 |
5万円 | 約5,341万円 | 約8,483万円 |
10万円 | 約8,255万円 | 約1億2,645万円 |
月3万円でも、年3%なら約4,200万円、年5%なら約6,800万円です。
これはかなり強い水準です。厚生年金があり、生活費が過度に高くなく、65歳以降に年金を受け取れる前提なら、老後資金としては十分現実的なラインに入ります。
逆に、月10万円を30年続けると、年5%では1億円を超えます。これは老後資金としてはかなり強いですが、65歳以降の生活費をまかなう目的だけなら、過剰気味になる可能性もあります。
問題は、月10万円を積み立て続けるために何を失うか
月10万円の積立は、数字だけ見ると強いです。
しかし、30年間続けるとなると、そのお金は毎月の生活から消えます。年間120万円、30年で元本3,600万円です。
その3,600万円を老後に送ることで得られる安心は大きいです。一方で、その期間に使えなかった経験もあります。
- 旅行に行く
- 住む場所を変える
- 休職する
- 転職活動に時間を使う
- 家族や友人と会う
- 健康のために働き方を落とす
- 学習や創作に使う
- 平日の余白を買う
老後資金は大切です。ただ、老後資金だけが人生の必要経費ではありません。
35歳から65歳までの30年は、人生の中心に近い時間です。この時期の体力、健康、好奇心、人間関係は、65歳以降に同じ形では戻ってきません。
老後資金だけなら、積立額を落としても成立する可能性がある
35歳で1,000万円ある人にとって、老後資金だけを目的にするなら、月2万〜3万円の積立でもかなり意味があります。
積立方針 | 65歳時点の見え方 | 解釈 |
|---|---|---|
追加積立なし | 約2,400万〜4,300万円 | 年金込みなら最低限〜現実的 |
月2万円 | 約3,600万〜6,000万円 | 老後資金としてかなり現実味 |
月3万円 | 約4,200万〜6,800万円 | 厚生年金ありなら強い |
月5万円 | 約5,300万〜8,500万円 | かなり安全寄り |
月10万円 | 約8,300万〜1.26億円 | 老後目的だけなら過剰気味 |
ここで言いたいのは、積立をやめようという話ではありません。
むしろ、35歳で1,000万円を作れた人は、月10万円を積み立て続けるか、月3万円に落として残りを今の人生に使うかを選べる段階に来ている、という話です。
資産形成を否定しない。資産最大化を人生の目的にしない
資産形成は重要です。
ただし、人生は資産額を最大化するゲームではありません。
35歳時点である程度の種銭を作れているなら、そこから先は毎月の積立額を少し落としても、老後資金としては十分な水準に届く可能性があります。
であれば、増やせる資産額だけを見るのではなく、減らせる労働時間、増やせる経験、守れる健康、深められる人間関係にも目を向けてよいはずです。
人生の終わりに残るのは、証券口座の残高だけではありません。
数字として積み上がった資産だけでなく、「あの時期にこう生きてよかった」と思える時間がどれだけあったか。そこも、人生全体の収支に入れるべきです。
35歳以降は、資産形成のフェーズを変えてよい
資産形成を段階で見るなら、こう考えられます。
時期 | 役割 |
|---|---|
20代〜35歳 | 生活防衛資金と種銭を作る時期 |
35歳以降 | 複利に任せながら、積立額と人生経験の配分を考える時期 |
50代以降 | 老後資金と労働時間の着地点を調整する時期 |
35歳で1,000万円を作れているなら、そこから先は同じ速度で走り続けなくてもよいかもしれません。
月10万円を積み立て続ける人がいてもよい。月5万円に落として安全寄りに進む人がいてもよい。月2万〜3万円にして、残りを経験や健康や時間に回す人がいてもよい。
大切なのは、自分がどの選択をしているのかを理解することです。
結論:35歳で1,000万円あるなら、老後不安だけで走り続けなくていい
35歳で1,000万円があり、65歳まで30年運用できるなら、追加積立なしでも年3%で約2,400万円、年5%で約4,300万円です。
月3万円を積み立てれば、年3%で約4,200万円、年5%で約6,800万円です。
この水準まで見えているなら、老後資金のためだけに65歳まで全力で働き続ける必要は薄くなります。
もちろん、支出が大きい人、賃貸費が重い人、年金が少ない人、早期リタイアしたい人、家族支援がある人は、もっと厚く見積もる必要があります。
それでも、35歳で1,000万円という種銭は強いです。そこから先は、資産最大化だけでなく、労働時間を減らすこと、経験に使うこと、健康を守ることも選択肢に入ります。
老後不安に備えることは大切です。ただ、その不安のために現在のすべてを差し出す必要はありません。ある程度の安全圏を作れたなら、人生を資産形成だけに閉じ込めず、自分が納得できる時間の使い方へ少しずつ切り替えていく。それもまた、合理的な資産運用の一部です。