厚生年金は高い。では投資した方がよいのか

正社員として働いていると、給与から厚生年金保険料が引かれます。

明細を見ると、それなりに大きい金額です。特に年収が上がってくると、「このお金を自分で投資した方が増えるのではないか」と考えたくなります。

この疑問は、業務委託やフリーランスへ移るかを考えるときにも重要です。会社員なら厚生年金、個人で働くなら基本は国民年金。制度が変われば、将来の年金も、今の手取りも、自由に運用できるお金も変わります。

ただし、厚生年金を投資商品としてだけ見ると、かなり見誤ります。厚生年金は老後資産形成であると同時に、長生き、障害、死亡に備える保険でもあります。

この記事では、あえて数字で比較します。

前提条件

試算の前提は次の通りです。

項目

前提

年齢

31歳から65歳まで

期間

34年間

年収

700万円が続く

厚生年金保険料率

18.3%

本人負担

労使折半のため9.15%

本人負担額

年約64.1万円

国民年金保険料

2026年度で月1万7,920円、年約21.5万円

差額

年約42.5万円

ここで大事なのは、比較が2段階あることです。

1つ目は、厚生年金の本人負担分である年約64.1万円をすべて投資したらどうなるか。

2つ目は、会社員をやめて業務委託になった場合、国民年金は払う必要があるので、実際に浮く差額の年約42.5万円を投資したらどうなるか。

後者の方が、業務委託やフリーランスへの移行を考えるうえでは現実に近い比較です。

本人負担分をすべて投資した場合

まず、厚生年金の本人負担分である年約64.1万円を、31歳から65歳まで34年間、毎年投資した場合を見ます。

運用利回り

65歳時点の概算

運用なし

約2,180万円

年3%

約3,700万円

年5%

約5,450万円

年7%

約8,210万円

年5%で回るなら、65歳時点で約5,450万円です。

この金額だけを見ると、かなり強いです。仮に65歳以降に4%ずつ取り崩すなら、初年度で年約218万円、月約18万円ほどの取り崩し余地になります。

ただし、これはかなり単純化した仮想比較です。会社員をやめても、国民年金保険料は消えません。税金、手数料、運用の上下、働き方変更による健康保険や雇用保険の違いもあります。

国民年金との差額だけを投資した場合

業務委託やフリーランスに移る比較としては、厚生年金の本人負担分を丸ごと投資できるわけではありません。

国民年金を払う必要があるため、見るべきなのは差額です。

年収700万円の会社員としての厚生年金本人負担は年約64.1万円。2026年度の国民年金保険料は年約21.5万円。差額は年約42.5万円です。

この差額を34年間投資した場合は、次のようになります。

運用利回り

65歳時点の概算

運用なし

約1,450万円

年3%

約2,460万円

年5%

約3,620万円

年7%

約5,460万円

年5%なら約3,620万円です。

この金額も十分に大きいです。会社員の厚生年金に入り続ける代わりに、業務委託として差額を投資し続けられるなら、65歳時点でかなりの資産になります。

ただし、これは「差額を使わずに投資し続ける」ことが前提です。業務委託になって手取りが増えても、その分を生活費や消費に使ってしまえば、この資産は残りません。

投資の強さは、自由に使えること

厚生年金と比べたとき、投資資産の強さは自由度です。

  • 60歳前でも使える
  • 65歳前でも使える
  • 必要なときに取り崩せる
  • 相続しやすい
  • 会社を辞めるための資金になる
  • 生活費の穴埋めにも、挑戦にも使える

脱労働の観点では、ここがかなり重要です。

老後にしか使えない安心よりも、40代、50代で会社から距離を取れる資金の方が価値を持つ人もいます。人生の若い時間、健康な時間、自由に動ける時間に使えるお金は、単なる老後資金とは違う意味を持ちます。

だから、厚生年金より投資の方が魅力的に見える場面はあります。

厚生年金の強さは、終身の保険であること

一方で、厚生年金には投資資産にはない強さがあります。

  • 原則として終身で受け取れる
  • 長生きリスクに対応しやすい
  • 障害厚生年金がある
  • 遺族厚生年金がある
  • 会社負担分がある
  • 自分で運用判断をしなくてよい

特に大きいのは、終身であることです。

投資資産は、使えば減ります。運用が悪い時期に取り崩すと、資産寿命が短くなることもあります。一方、公的年金は制度改正や給付水準の変化はあり得るものの、生きている限り受け取る仕組みです。

また、厚生年金には老後だけでなく、障害や死亡に対する保障もあります。ここを無視して「厚生年金保険料を投資すれば勝ち」と言い切るのは雑です。

会社負担分をどう見るか

厚生年金は労使折半です。本人が9.15%、会社も9.15%を負担します。

会社員の給与明細には本人負担分しか見えませんが、会社側にも同額の負担があります。

この会社負担分を「本来は自分の人件費の一部」と見ることもできます。企業年金や社会保険料は、広い意味では会社が人を雇うために負担している総人件費の一部です。

ただし、会社を辞めて業務委託になれば、その会社負担分が自動的に自分の報酬へ上乗せされるわけではありません。業務委託単価を十分に上げられる人だけが、その分を取り戻せます。

つまり、業務委託に移るなら、年金保険料の差額だけでなく、単価設計が重要です。

業務委託へ移るなら、年金だけで判断しない

正社員から業務委託へ移ると、年金以外にも変わるものがあります。

項目

正社員

業務委託・フリーランス

年金

厚生年金

国民年金が基本

健康保険

会社の健康保険

国民健康保険など

雇用保険

あり

原則なし

有給休暇

あり

原則なし

賞与・退職金

会社次第であり

原則なし

収入

安定しやすい

案件次第

自由度

会社に依存

契約次第で高い

年金の差額だけを見ると、業務委託の方が自由に運用できるお金が増えるように見えます。

しかし、健康保険、雇用保険、有給、賞与、退職金、案件切れリスクまで含めると、単純に得とは言えません。

業務委託で脱労働に近づくなら、少なくとも次のような設計が必要です。

  • 会社員時代より高い単価を取る
  • 国民年金との差額を使わず投資する
  • iDeCo、小規模企業共済、国民年金基金なども検討する
  • 生活防衛資金を厚めに持つ
  • 案件切れに備えて複数の収入導線を作る
  • 健康保険と税金を手取りで比較する

脱労働の観点では、安心と自由の交換である

厚生年金に入り続ける正社員は、自由度は低くなりがちですが、社会保障は厚くなります。

業務委託やフリーランスは、自由度は上がりやすい一方で、自分で備える範囲が増えます。

この違いは、損得というより交換です。

見方

厚生年金・正社員

国民年金・業務委託

老後の安定

強い

自分で補う必要がある

現役時代の自由度

低くなりやすい

高くしやすい

資産の自由度

年金は自由に引き出せない

投資資産は使いやすい

長生きリスク

公的年金が強い

資産寿命を考える必要がある

制度への依存

高い

自己管理への依存が高い

会社員を続けるなら、厚生年金はかなり強い保険です。

一方で、若いうちに時間を取り戻したい、会社に縛られる時間を減らしたい、40代や50代で働き方を変えたい人にとっては、自由に使える資産を作る価値も大きいです。

結論:厚生年金は投資商品ではなく、自由を削って買う保険である

年収700万円、31歳から65歳までという前提で見ると、厚生年金の本人負担分を投資できれば、年5%で約5,450万円になります。

ただし、業務委託やフリーランスに移っても国民年金は払う必要があります。現実的には、国民年金との差額である年約42.5万円を投資する比較になり、年5%なら約3,620万円です。

この数字は大きいです。差額をきちんと投資できるなら、業務委託側にもかなりの資産形成余地があります。

しかし、厚生年金は単なる運用商品ではありません。終身年金、障害厚生年金、遺族厚生年金、会社負担分を含む社会保険です。

だから答えは、「厚生年金より投資が得」と単純には言えません。正社員は安心を得る代わりに会社への依存が残る。業務委託は自由を得やすい代わりに、自分で保障と資産を作る必要がある。脱労働を考えるなら、厚生年金を捨てるかどうかではなく、安心と自由をどの比率で持つかを設計する方が現実的です。